「昭和の代がはじまる」という
意味を込めて名付けられた、
「昭代」という名の献上米。
その名はのちに地名となり、
時代が変わっても
なおその歴史を受け継いでいる。

1928年、御大典で昭和天皇の即位に伴う「大嘗祭」が執り行われました。
大嘗祭は、その年の新穀を天皇が天照大神および天神地祇に供え自らも食される、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式。
そこに献上するための神聖な米を作る「斎田」として、早良郡脇山村(現・早良区脇山)が選ばれたのです。
新しい年号である「昭和」の代がはじまるという意味を込め、その献上米の名は「昭代」と名付けられました。

「大嘗祭主基斎田写真帖」国立国会図書館より転載

現在の昭代3丁目交差点付近には当時、「国鉄西新町駅」があり、献上米「昭代」はこの西新町駅から鉄道で皇室へ運ばれていきました。
大嘗祭のための米を作る地として選ばれるということは何よりも誇りであり、
献上米が西新町駅から輸送される日は、町をあげてお祝いムード一色となり、大勢の人々が汽車を見送りに駆けつけました。

それから9年後の1937年、住居表示の改変の際に、献上米が皇室に届けられた出発地として
駅を含む駅の北側一帯が昭代町(現・早良区昭代)と命名されました。
その歴史に残る誇り高き使命を全うしたこの地は、献上米「昭代」の名を今に受け継ぐことになったのです。
昭和のはじまりとして国の重要な行事に関わった「昭代」はその後福岡の発展とともにその姿を変えていき、
由緒ある名にふさわしい閑静な住宅地として、今も時を刻み続けています。

「大嘗祭主基斎田写真帖」国立国会図書館より転載
現在の「西新町駅」付近の様子(2020年)